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2008年11月17日
うつ病、退職
定年退職してうつ病になるというのはまだ定年退職が遠い先のことである世代にはピンと来ないかもしれない。しかし、自分もだいぶ定年退職が迫ってきている、という人々には実感としてうつ病が判らなくても、何となくうつ病になる気持ちは判るものがあるだろう。要するにこの場合のうつ病というのは定年退職においての、あるいは定年退職後の将来に対する不安を指しているのだ。金銭的な問題であれ、健康上の理由であれ、家庭内のトラブルにしろ、うつ病にかかって現状逃避をしたい、と深層心理が叫ぶために団塊世代が発症するのである。退職という局面がマイナスに作用するのが目に見えていたり、はからずもそうなったりということにしろ、退職局面がマイナス状況のターニイングポイントになってうつ病になってしまうのである。人間はそれこそ弱い生き物だから、頑張らなくては、と己に言い聞かせても、夢も希望もない身に退職という状況が被さるともう深層心理はついていけずにうつ病になるのである。そんな気の毒なうつ病の人々やうつ病予備軍に対するアドバイスは、もっと気楽に頑張るようで頑張らない、たかだかあと何年か、できるだけお気楽に生きればお迎えがくる、ぐらいにノーテンキに考える事。子供が、孫が、人に迷惑が……そんなもん世間のシステムの中で雲散霧消するもの。死んでからのことまで抱え込んでうつ病になってどうすんねん!
ニックネーム 退職 at 19:32| 退職について
2008年11月17日
団塊世代、退職
団塊世代が続々と退職して、さてどこに向かうかが見ものだ。
北に向かう団塊世代の人々の現実はお寒いかぎりだ。退職しても尚かつ再就職しなくては、年金だけではやりくりどころかローンの未返済もあったりする。北国行きの団塊世代の退職は本当に辛い。西に向かう団塊世代の退職もまた悲しくてやり切れない。退職にしても定年までなんとか鞭打った体が即病院行きだったり、再就職はしなくてもよかったが家で無目的にごろごろしていると完全に粗大ゴミ以下の扱いをされる。粗大ゴミは「メシは?」などと叫ばないからだ。西行きの団塊世代は静かに、遠方西国の黄泉の国へ向かっているのを知っているのだろうか。それらに引きかえ東に向かう団塊世代の退職には夢がある。定年後もこの団塊世代には日はまた昇るのだ。長年の夢だったものを実現する時期の到来である。もちろん失敗の可能性もゼロではない。しかし、そんなことを言えば若いときだろうが熟年だろうが団塊世代だろうがそれは同じこと。世の中に完全などありはしないのだ。東へ向かう団塊世代は再生のバスに乗った幸せな人々である。また、南に向かう団塊世代の退職もバラ色に包まれている。このごく少数派の人々の退職は東に向かう人々の成功した結果をすでに手中にしている場合が多い。この人々は南の温暖なリゾート地に別荘を構えたり、移住したり、ロングスティ三昧をしたりと優雅な欧州のペンショニスタの生活が待っている。できることなら南行きのバスに乗りたいものである。
北に向かう団塊世代の人々の現実はお寒いかぎりだ。退職しても尚かつ再就職しなくては、年金だけではやりくりどころかローンの未返済もあったりする。北国行きの団塊世代の退職は本当に辛い。西に向かう団塊世代の退職もまた悲しくてやり切れない。退職にしても定年までなんとか鞭打った体が即病院行きだったり、再就職はしなくてもよかったが家で無目的にごろごろしていると完全に粗大ゴミ以下の扱いをされる。粗大ゴミは「メシは?」などと叫ばないからだ。西行きの団塊世代は静かに、遠方西国の黄泉の国へ向かっているのを知っているのだろうか。それらに引きかえ東に向かう団塊世代の退職には夢がある。定年後もこの団塊世代には日はまた昇るのだ。長年の夢だったものを実現する時期の到来である。もちろん失敗の可能性もゼロではない。しかし、そんなことを言えば若いときだろうが熟年だろうが団塊世代だろうがそれは同じこと。世の中に完全などありはしないのだ。東へ向かう団塊世代は再生のバスに乗った幸せな人々である。また、南に向かう団塊世代の退職もバラ色に包まれている。このごく少数派の人々の退職は東に向かう人々の成功した結果をすでに手中にしている場合が多い。この人々は南の温暖なリゾート地に別荘を構えたり、移住したり、ロングスティ三昧をしたりと優雅な欧州のペンショニスタの生活が待っている。できることなら南行きのバスに乗りたいものである。
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2008年11月17日
定年退職
ヨーロッパで、特にリタイアした人々のユートピアとしてのスペインなどで定年退職者や年金生活者をペンショニスタと呼ぶ。ヨーロッパは一般に寒い国が多い。そのなかでスペイン南部のアンダルシア地方、また、とりわけ海岸線のコスタ・デル・ソル(太陽海岸)と呼ばれる広域地帯はヨーロッパ中の定年退職者達の天国となっている。おおむね欧州先進国における定年退職者達の表情は明るい。寒く辛い日々に甘んじた寒冷の故国を離れて念願の避寒地へとやってきたのだから定年退職者の表情が緩まぬはずがない。定年退職後の生活はもちろん故国の年金が保証され、子供はすでに巣立っている。誰に遠慮もいらなければ縛られる家のローンとてとうにない。定年退職のペンショニスタ達の晩年は我が世の春と言える。それにひきかえ日本の定年退職は湿度が高い。破顔一笑というわけにはいかない場合が多い。多くの定年退職者達は笑顔になれない理由をそれぞれに抱えている。即ち、家のローンの残、晩婚ゆえの子供の養育、老いた親の療養費、老人ホーム代金……等々。とても欧州などに夫婦でのんびり出かけて日光浴の月光浴のという気分ではない。せいぜい定年退職のめでたい記念とばかり、めでたくもないのに一週間ほどの熟年か初老の慰安旅行の体。定年退職の単語ひとつで日本の後進国ぶりが浮き彫りになる。GNP2位などという数字のトリックにだまされてはならない。
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2008年11月17日
退職金
長く定年まで勤め上げての退職金の満額受領のとらえ方は会社の待遇にもよれば、その人の退職後の夢のタイミングいかんにもより、一概に途中退社は退職金に響くので愚かしいとは言えない。たとえ定年目前であっても次なる夢のタイミングが一日を待つわけにいかないというのなら、次のステップの夢を優先させるのは当然のこと。多少の退職金の差額のために残りの半生を台無しにするというようなことをすべきだはないように思う。退職金とは苦痛への代償である。退職金の多少の差額は「苦痛」を伴わずしてはありえないのだ。何も問題はないではないか。苦痛が減少するうえ、夢の実現が早まるのだ。退職金の多少でこれらをぶち壊す気がしれない。退職金の何分の一かを惜しんでいるようじゃ、次のステップの夢だっておぼつかない気がする。それくらい、次のステップであっという間に退職金の一部くらい挽回してやろうじゃないかという気概こそが退職金を過大評価する会社人間を減少させ、会社が社員を「人間扱い」する傾向を創造していくことになる。退職金の加減剰余計算は上記のことをかんがみて、アクションする必要があるのでは……。
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